ここだけの話だが、珍しいポケモンが人々の間で伝説や幻と噂されるように、ポケモンたちの間でもトレーナーやモンスターボールの話題が出ることがあるらしい。噂というのは何故か魅力的で危険な香りがするのも、人のそれと同じだそうだ。
ユキワラシがその噂を聞いたのは、初雪の翌朝のことだった。洞窟の中で夏が過ぎるのをじっと待ち続け、近頃ようやく外から冷気が入り込むようになってきていた。
“よぉ、半年ぶりだな”
岩を切り裂くするどい爪の音と共に、ルームシェアの相手、クリムガンがやって来た。ルームシェアと言っても一緒に住む期間はない。夏の間は暑さに弱いユキワラシが、冬の間は寒さに弱いクリムガンが、この洞窟のひと区域を使うことになっているのだ。
“遅かったですね。もう外は随分寒くなったでしょう。昨晩は雪も降ったのでは?”
“こんな奥にいてよく分かるもんだな。まあ、色々あったんだよ”
色々、と丸い目を更に丸くするユキワラシ。お互い外で見てきたことを報告するのが、家主交代の際の恒例行事になっていた。クリムガンは滔々と語りはじめる。
過ぎた春のこと。草原に生える木の幹で爪を研いでいたら、上からチェリンボが葉っぱを飛ばしてきた。チェリンボっていうのは赤い実に似たおしゃべりな奴のことだ。そいつが“この世界には太陽が昇らない、季節が変わることもない場所があるんだよ”と自信ありげに話すもんだから、“見たこともないのに何故分かる? 俺もお前もそんな遠くには行けないし、光を浴びないと生きられないだろ”とつい突っかかった。クリムガンには翼があるが、それで飛ぶことは出来なかったから。すると“伝説の生き物に出会えば見られるんだって。世界中のどんな景色も!”と、赤いチェリンボがもっと紅潮する。いわく、その伝説の生き物「旅人」とやらは赤と白の果実を持っていて、それを投げ与えられ、食べた者だけが一緒に世界中を見られるらしい。チェリンボは熱に浮かされたようにその話ばかりするようになり、ついに伝説を追って草原から姿を消してしまった。
そりゃあ気になる話だったが、我に返って洞窟に戻ってきた、とクリムガンは笑った。
“だってよく考えたら、大雪の日のこととか、凍った川のこととか、俺が見られないものはお前が話してくれる。俺が冬を越すにはそれで十分なんだよ”
ユキワラシも同感だった。世界中のことは知らないが、クリムガンの話す、一面の花で埋めつくされた草原を思い浮かべれば、暗いひとりの夜も寂しくはなかった。積もった初雪が反射して眩しい久々の地上で、聞いたばかりの「旅人」とかいう伝説の噂を反芻する。嘘か真かは分からない。でも、もし出会ってしまったら、その実を食べたいと思ってしまったら、あの洞穴には戻れなくなるかもしれない。ユキワラシは氷の息をひとつ吐き、身震いした。それが好奇心からか恐れからなのか、自分でも分からないまま。
この話もまた、噂に過ぎない。