今日はフラワーフェスティバル。世界中から集まったトレーナーとポケモンたちが公園の中央にある、まるい花壇に見とれていた。そんな幸せ満ち溢れるエリアにこっそりやってきた一匹の野生ポケモンがいる――ラルトスだ。
無邪気に遊ぶポケモンたちを見て、ラルトスは大喜びで駆け寄った。追いかけあったり、かくれんぼをしたりして、一緒に遊ぶポケモンたち全員にどこからやってきたのか目を輝かせて尋ねた。一見楽しそうなラルトスだが、彼らのトレーナーが現れると、なぜか慌てて隠れてしまう。ポケモンたちはそんなラルトスを不思議に思いながらも、ぐったり疲れるまで、めいっぱい遊んだ。
フェスティバル最終日。ポケモンたちはラルトスに別れを告げた。それぞれ自分のトレーナーに駆け寄るポケモンたちの笑顔でラルトスの身体はじんわりと温かくなったが、胸の中には寂しい風が吹く。満開だった花が、風で散ろうとしていた。ほかのポケモンたちのように、誰かと一緒にいれば寂しくはないだろう。それでもラルトスは、彼らに駆け寄ることができなかった。
「……君、はぐれたのかい?」
突然声をかけられ、ラルトスは慌てて花に身体を隠した。夕暮で見えづらいが、マスク姿に猫背の男は、いかにも恐ろしげに見える。
だが、彼から発せられる感情が、ラルトスの赤いツノをじんわりと温めた。悪い人間ではないようだ。ラルトスはおずおずと彼を見上げた。
「もしかして、一人ぼっちなのかな……なら、お揃いだね」
男はしゃがみ込んでラルトスに微笑みかけた。彼の腰に、モンスターボールはない。ラルトスのツノはまた、じんわりと温かくなる。この人間は、自分に危害を与えようとしているわけではないようだ。
「実はね、わたしもトレーナーになろうとしたことはあったんだけど……。ポケモンたちが傷つくのが、どうしても耐えられなくてさ。……だから――わたしはずっと、一人」
先ほどまで温かかったはずのツノが、今度はひんやりと冷たくなった。ただ、それは誰かに襲われた時のキリキリとした冷たさとは違う、うっすら凍えるような感覚だった。
「わたしはね……他の人たちに、同じ思いをさせたくないから、あそこの病院で、医者になったんだ。って、そんなこと聞かされても困るよね!」
男は微笑んでラルトスの頭を優しくなでたが、その笑顔から感じる感情は、まだ少し、冷たいままだ。ラルトスの胸が、きゅうっと締め付けられた。何か、自分にできることはないのだろうか……。そんなラルトスの視界の隅に、風に舞う花びらがうつる。
そうだ、さっき人間たちは、この花を見てとても喜んでいた。それならこの男も。
男の頭上にある花びらが、薄青く光り輝いた。花びらは男の周りをくるくると回る。唖然として男が視線を落とすと、懸命に花びらに念を送るラルトスの姿があった。
「もしかして、元気づけようとしてくれてるのかな。ありがとう!」
男の笑顔を見て、思わずラルトスは手をおろした。すると、花びらを包んでいた青い光が、すうっと消えたかと思うと、男とラルトスに向かって、花びらがどさっと落ちてくる。
「ぷっ……あははは!」
ラルトスがうつむいているのを見て、男は優しく微笑んだ。
「花びらまみれになっちゃったね」
ラルトスのツノが、先ほどより少しだけ温かくなる。
その日から、男はラルトスに会いに、仕事の合間を縫って花畑にやって来た。それでも彼はけしてラルトスを連れて行ってはくれない。けれど、ラルトスはそれでも十分、幸せだった。これは、人に臆病なポケモンと、同じくらいポケモンに臆病な人間との、小さな絆の物語。