トロピウスは森の中を滑空していた。羽を広げるとかなりの大きさになるが、器用に木々の間を縫うように体を翻す様に、森のポケモンたちも思わず見とれていた。ずっと住んでいた場所で、あまりフルーツが採れなくなってしまったため、新しい住処を探していたのだ。
スピードが緩まると、トロピウスの大きな羽がばさりと空を切る。巻き込まれた空気はぐわっとつむじ風のように踊り、トロピウスをかぐわしい果物の香りが包んだ。フルーツがなっているところが近づいてきたようだ。トロピウスはゆっくりと舞い降りて、その香りがどこから運ばれてきたのか探ってみる。ああ、あの山の中腹から、とてもかぐわしいフルーツの香りがする。再び大きな羽をえいと羽ばたかせ、トロピウスは一気に目的の場所まで羽ばたいた。風が運ぶフルーツの香りが心地よい。トロピウスは、胸いっぱいにそのかぐわしい香りを吸い込んだ。
空からでも、たくさんのフルーツがなっているのが分かる。トロピウスは胸を躍らせながら山の中腹へやってきた。着地の衝撃で、木々が細かく揺れる。フルーツを探して、ぐるりと辺りを見回すと、トロピウスの鼻の周りを見たことのない綿毛がくすぐった。
トロピウスは思わずその綿毛に見とれ、飛んでいく様を眺める。すると、座り込んで綿毛が舞うのを眺めているポケモンと目が合った。キノガッサだ。キノガッサは、すっと手を前にして、トロピウスにそれ以上歩かないように伝える。トロピウスの足元に、まだ綿毛が生えていたのだ。
トロピウスが一歩下がると、キノガッサは彼のもとにやってきて、綿毛に息を吹きかけてみてとほほ笑んだ。言われた通り、足元の綿毛に向かって、そっと息を吹きかける。地面に向かって綿毛が下りたかと思うと、突如横向きに吹いてきた森の風に一気に舞い上げられた。キノガッサは嬉しそうにそれを掴もうとするが、彼の爪の間をすりぬけるようにして、遠くまで飛んで行ってしまう。待って。どこに行くの?キノガッサが追いかけるのに合わせて、トロピウスも駆け出した。綿毛はまるでどこか向かう先を知っているのかのように、しゅんしゅんと彼らの間をすり抜けて舞い飛ぶ。
やがて、走る先に光が見えた。木々が途切れているのだ。合わせてキノガッサは足を速めようとしたが、トロピウスが後ろからキノガッサを止めてしまう。トロピウスはゆっくりと首を光の向こうへと向けて見せた。その先は、切り立った崖であったのだ。
綿毛はのんきそうに、ふわふわと崖を下りたり、もっと遠くの空まで消えようとしていた。まだ綿毛は残っているかもと、トロピウスは長い首を回して辺りを見回したが、もう見当たらない。歩いてきた道に生えているのは、黄色い花だけだ。自分が息を吹きかけたせいで、綿毛が消えてしまった。トロピウスは申し訳なさそうにうつむいた。だが、キノガッサは、すぐにまた綿毛と遊べるんだ、と、その黄色い花を指して見せる。これがしばらくすると、あの、綿毛に変わるんだ。そんな魔法みたいなことがあるの?とトロピウスは目を丸くさせた。
けれど、あの綿毛たちが飛んだ先で何をしているのか、キノガッサは知らなかった。いつか、あの綿毛を追いかけて旅をしてみるのが夢なんだ。キノガッサは崖の向こう側を見て目をキラキラさせていた。けれど、風よりキノガッサは歩みが遅い。
トロピウスは、はたと思いついた。キノガッサを頭の上にのせて、背中に生えた大きな羽をはためかせる。このまま、あの綿毛を追いかけてみよう。果物を食べに来たんじゃなかったの、とキノガッサは目を見開く。また、君を乗せて戻ってきた時に、一緒に食べればいいさ。飛び上がったトロピウスの頭の上で、キノガッサの瞳がキラキラと輝いていた。さあ、小さな冒険へ出かけよう。