ある晴れた日のこと。ムクホークは、ムクバードの群れの中で目覚め、大きくなった自分の身体に驚いた。昨夜のうちに、彼は進化したのだ。仲間のムクバードたちは一斉に翼をはためかせ、彼の進化を祝った。
この群れでは昔から、ムクバードからムクホークに進化したものは、旅立つ決まりだ。仲間たちに見守られ、彼は大所帯の巣から、大きくなった翼を広げて飛び立った。一人で舞い上がる空の、なんと広いことか。ムクホークは羽に触れる風の冷たさに戸惑いながら、自分を見上げている仲間たちに向かってぐるりと旋回して見せた。先に旅立った先輩の真似だ。こうやって仲間たちに見せる日を、彼は楽しみにしていたのだ。
ひとまず、今日の宿をどこにしようかと、ムクホークは大空を舞いながら考えていた。できれば、キラキラと水面が見える場所がいい。ムクバードの時に比べ、一度羽ばたいて進むスピードが高まっていた。きっと、今の自分なら大丈夫だ。ムクホークはキリリと気合を入れ、自分に相応しい寝床を探した。
しばらく羽ばたいていると、太陽の光がキラキラと反射する大きな川に差し掛かっていた。川べりには、腰をすえるのにちょうどよさそうな大きな枝の木が立っている。その木を中心に、美しい草原が広がり、周囲を見渡しやすいのも気に入った。
ムクホークは滑空し、川の真ん中にわたってあった、枝や石を固めた島の上に羽をおろした。だが、その時だ。身体を思い切り、何かに押され、彼は驚いて飛び上がった。
誰なんだ!ムクホークはギロリと、自分を突き飛ばした影をにらみつけた。すると、そこにいたのは枝をいくつも抱えたビーダルである。ダムづくり中らしいビーダルは、ここは自分の縄張りだと鼻を鳴らして威嚇し返した。どうやら、ムクホークが降り立ったのは、彼の住処だったらしい。だが、彼の背後にも、すでにダムらしいものがちゃんと出来上がっている。
ちゃんとしたダムがもうあるのだから、これ以上大きなダムは必要ないだろう。ムクホークは翼をはためかせて主張した。しかし、ビーダルは譲らない。この辺りは、前までよく氾濫していた川なのだ。皆が安心して暮らせるように、もっとダムを大きくして、川の流れを整えるんだ! ビーダルはぎゅっと枝を抱えこんだ。
このダムは、ビーダルだけではなく、周りに住むポケモンたちのためのものなのだ。そう言われてしまうと、ムクホークもこれ以上強くは言えない。ムクホークが諦めたのを見て、ビーダルは満足げに、海の方なら自由にしてもいいぞと言って、ダムづくりに戻っていった。
出鼻をくじかれたムクホークだが、気を取り直して再び大空を飛び回って、美しい水辺を探していた。向かい風から潮の香りがやってくる。海辺に泊まるのも面白いか。ムクホークは翼を強くはためかせ、潮の香りのする方角へぐんぐん進んでいった。
やってきた海は静かでとても美しい。どうせなら、一番景色のいい場所を探そうと、ムクホークは波打ち際にどしんとあった小ぶりな木へと羽をおろした。だが、止まった矢先に木はガサガサとうごめきだし、ムクホークを叩き落とす。
彼が木だと思っていたのは、波打ち際で昼寝をしていたナッシーだったのだ。ナッシーは三つの頭でムクホークを見下ろした。左の顔は怒っており、真ん中の顔はやさしくムクホークを見つめている。右の顔は……まだ眠っているようだ。
なんだんだこいつは。あら、旅の方みたいよ。むにゃむにゃ……。三つの顔は視線を送りあって、何やら相談しあっているように見えた。その姿を、ぼーぜんとムクホークは見つめる。ずっと群れで過ごしていたムクホークは、ナッシーを見るのが初めてだったのだ。
だが、すぐに攻撃してこないのなら、ビーダルより話ができそうだ。ムクホークは翼をはためかせ、自分は今晩泊まる場所を探してるだけなんだとナッシーに訴えた。真ん中の顔は、ここは泊まるのには最高の場所だよとムクホークに微笑みかけた。だが、そうかあ、と左の顔は反論する。波の音がうるさくて寝られやしないと。だが、右の顔は……寝ているよ?とムクホークは首をかしげる。
今日は泊まるとして、住んでいるのはどこなのか。真ん中の顔から尋ねられ、ムクホークはちょうど巣立ったところだと説明をした。それはとっても素敵だと真ん中の顔が顔をぶるぶる、楽しそうに振るわせると、右の顔がぱちりと目を覚ました。あら、失礼と、にこやかに真ん中の顔は右の顔に視線を送る。
なんだか、ナッシーを見ているだけで、ムクホークは楽しくなってきていた。もし、自分がこの浜辺に住んだら、どうだろう?ムクホークが尋ねると、ナッシーはまたバラバラなことを言う。ぜひそうしたらいい。海はムクホークが住むのには向いていないぞ。海以外の場所も面白いよ。バラバラの言葉に、またしてもムクホークは混乱しそうになる。
けれど――そうか。群れを出る前は出会えなかったナッシーのようなポケモンに、そして、行ったことのない場所に、これから自分は、自由に行くことができる。それはとても、ワクワクしそうだ。
今晩ここに泊まって、また、他の場所に旅立って。この土地が一番素敵だと思ったら、ここに戻ってみるのもいい。旅先の思い出を話したら、ナッシーはどんな感想を、バラバラバラバラ、語ってくれるだろう。
巣立ったばかりのムクホーク。彼の旅は、まだまだ始まったばかり。