ここは、うす暗い森の中。入ると帰れなくなってしまう恐ろしい森だと恐れられ、人気のなくなったこの地に、時たま、ぼわっと灯りがついている……。その灯りの正体は、いつも草むらに潜んでいる、ヒトモシであった。ろうそくのような小さな体に、ぽわりとついた火がひとつ。その火は、他の生き物の生命力を吸い取って燃えているという……。
森のポケモンたちからも恐れられ、ヒトモシに近寄るものはどこにもなかった。ちょろちょろと頭の上で小さく燃える火は見飽きてしまった。もっと、大きな火をメラメラと燃やせたら、どんなに綺麗で、気持ちいいんだろう。しかしそれには、とっておきの生命力が必要だ……。ああ、今日こそ、何も知らない生き物が、この道を通ってくれればいいのに……。ヒトモシは草むらから、あたりを見回してみる。隠れていることにびっくりしてターゲットが逃げてしまう前に、その手を掴んで、生命力を吸い取らなければ……。
うす暗い森はしんと冷たい風を運んでくる。辺りは真っ暗で、ヒトモシのいる場所だけがぼんやり明るい。けれどこれっぽっちの火じゃ、ちょっと遠くまで見渡すには足りない。思い切り目を凝らしながら、草むらをわけ行って歩いていく。どこか、どこかにたっぷり生命力を持っている生き物はいないだろうかと。
ガサガサッ!ヒトモシの背後から草の揺れる音がした。やっと現れた!ターゲットだ。ヒトモシが振り返ると、そこにはもぞもぞと動く影が見えた。暗い森で自分の頭の火が見えたら、ビックリされるかもしれない。近くの岩に身を隠しつつ、ヒトモシはそろりとターゲットを確認した。
そこにいたのは、涙目の、体の小さな生き物だ。ヒトモシの胸は高鳴った。吸い取る生命力は若ければ若いほど、ヒトモシの火は大きく、熱く燃えることができる。望み通りの、とっておきの生命力にありつけるぞ!ヒトモシはそろりそろりと近寄り、ターゲットを捕まえようと近づいた――その時だ。
「わあ!」
その生き物が、ヒトモシの手が伸びていることに気づいたのである。ヒトモシは慌てて岩に隠れた。ああ、また逃げられてしまうだろうな……。そう思ってがっかりした瞬間、ヒトモシを大きな影が覆った。なんだ?と顔を上げてみると、岩場をあの生き物がのぞいているではないか。
「ご、ごめんね……驚かせちゃったかなあ……」
半べそをかきながらも、その生き物はヒトモシを抱き上げた。触れられた場所から、みるみる生命力が流れ込んでくるのが分かる。ヒトモシの頭の火は大きく燃え上がった。
「すごい!明るいや……!」
その瞳は、ヒトモシの火を反射してキラキラと輝いた。嬉しそうな表情に、ヒトモシはびっくりしてしまう。たいていのものは、自分を怖がって逃げてしまうのに……。望み通りの大きくきれいな炎が自分の頭から上がっているのにも関わらず、ヒトモシは生き物から目を離すことができなかった。ヒトモシを見つめて、涙をためながらもキラキラと輝くまあるい瞳が、とっても美しかったからだ。
「僕ね、ママへのお見舞いの花を探してたら、道が分からなくなっちゃって……。でも、君がいて、よかったぁ……」
そうやってヒトモシに微笑みかけるのを見ていると、なぜかヒトモシの胸はちくりと痛んだ。いつもなら、このまま生命力をうんと吸い取って大きな火を作れれば、満足しておしまいだ。それなのに……このままこの笑顔が見れなくなる方が、ずっと辛いことのように思えるのは、なぜだろう?
ヒトモシは、自分の頭の上でメラメラと燃える大きな炎を見てハッとした。まずい、今自分は、この生き物から生命力を奪ってしまっているんだ。ヒトモシは慌てて彼の手からぴょいと飛び降りた。
「あっ……、もう、行っちゃうの?」
ヒトモシは振り返って、ぴょん、とその場で飛び跳ねて見せる。
「ついてきてって、こと……?」
薄暗い森の中、ぴょこぴょこ動く灯りがひとつ。初めてもらった笑顔のために、友を導く、やさしい灯り。