しゅぎょうポケモンのフタチマルは、公園の池で大の字になってだらけていた。修行もせず、こうしているのにはワケがある。その一部始終を、同じ池にいたシビシラスが見ていた。
「滝のふもとの剣士を知っているか。時たまこの辺りにも姿を見せるんだが、あれは大したタマだ。全く隙がねえ。今は厳しい修行の最中だが、いずれ大層強くなる」
ベンチで話に花が咲いている。ここは剣士も腰掛け一休みする憩いの公園だ。花の季節にはフラワーフェスティバルが開催され、大いに賑わう。座って休んでいた剣士たちは、ひととおり会話を終えると、鍛錬を再開した。
そんな様子を、近くの池から見ているポケモンが1匹。でんきうおポケモンのシビシラスだ。素振りに精を出す剣士の姿を、ご苦労なことでと眺めている。シビシラスは微弱な電流しか出せず、誰かがバトルしていようが修行していようが、眺めるのが専門だった。でも本当はやれば出来る、ような気がしている。手始めに、この人たちに自分の強さを見せつけてやろうと思った。しかし、池の中から剣士にアピールするには、少なくとも池を囲む花壇よりも高く跳ぶ必要がある。あれ、そんなに高く跳べるだろうか。シビシラスは頭の中で出来もしない三段跳びのシミュレーションをしてみる。跳べる、跳べるかもしれない。シビシラスは助走をつけてジャンプする。水面を蹴っていざ空中へ。見たか、これがそらをとぶじゃ!満を持して剣士の方を見ると、彼らは木刀を構えていた。ただし、シビシラスと正反対の方を向いて。
肩透かしを食らったのも束の間、ピリピリ痺れるような空気を感じ、シビシラスは息を飲む。木刀の向く先には、フタチマルが立っていた。その立ち姿に、気配に、シビシラスの頭の中に電流が流れる。こいつは間違いなく強い。剣士のひとりが「滝のふもとからの客よ、手合わせ願う」と言うと、弾けたように駆け出し、フタチマルに向かっていく。得物は使い込まれた木刀だ。対するフタチマルはそこまで大きくも固くもない帆太刀が二枚。勝負はあっという間だった。フタチマルは足音も立てずにスッと相手の間合いに入る。剣士が今だと木刀を振り下ろしたところで、二枚の帆太刀で刀を挟み受け、見事に封じた。その動きはまるで真剣白刃取りのよう。フタチマルに圧倒され、剣士たちは履き物も半分脱げたまま走り去っていった。
勝負が終わるやいなや、フタチマルは黙々と鍛錬をはじめた。このフタチマルが編み出した、落ち葉を真っ二つに割る訓練を二時間、得物の帆太刀の手入れをし直すと、素振りを二時間。噂の通り、一秒の隙も見せない。シビシラスは相変わらず眺めるのみだったが、フタチマルが時折険しい顔をするのが気になった。なんだかひどく苦しそうで、見ているこちらまで息が詰まる。少しは休めよ、ここは公園だぞ。一言かけたくなったが、怒らせて帆太刀で真っ二つにされたらと思うと言えない。その代わり、良いことを思いついた。シビシラスはチロリチロリと電気を流す。しびれさせて動きを止めてしまえ、そう考えたのだ。
微電流を感知したフタチマルが鋭い目つきで振り返った。全然効いていない、怒られる。シビシラスは縮こまるが、フタチマルは無言のままだった。そして池の端で腰掛けると……思いっきり寝っ転がった。バシャンと大きな音が響く。背中に電流を受けたその表情はゆるみきっていて、さっきまでの張り詰めた空気が嘘のようだ。どういうことだかさっぱりだが、つまり電気が効いたのだろうか?シビシラスはポカンとしてしまった。でも、とろんと溶けきった表情のフタチマルを見ていたら、だんだん誇らしくなってきた。何はともあれ、「いずれ大層強くなる」と噂の剣士の、隙だらけの瞬間を引き出したのだ。見たか!シビシラスは高く跳ねた。花壇よりもずっと高く。
実のところ、フタチマルは尻尾の上あたり、人間でいうところの腰をいためていた。鍛錬のしすぎで負荷がかかっていたのだろう。フタチマルはそれを誰にも言えなかった。剣士たるもの弱みを見せてはならぬ、それが信念だったからだ。シビシラスの微弱な電流はよっぽど効いたらしい。そう、効果は抜群だ。一度寝っ転がると気持ちよくて起き上がれなくなってしまい、跳ねるシビシラスを横目にフタチマルは空を見上げる。休むことも大事な鍛錬だと初めて知った。溜めたきあいが抜けてしまったって、それも良いじゃないか。だってここは剣士も腰掛け一休みする公園なのだから。