波打ち際に、東の海と西の海、二匹のカラナクシが気持ちよさそうにぱしゃぱしゃと身体を濡らしている。身体についた砂を落とすように、コロコロと寄せる波に転がってみたり、ぺたぺたと飛び跳ねているのを見て、テントにいるトレーナーもニコニコとほほ笑んでいた。
久々の海でのキャンプだ。一緒に旅をしているカラナクシたちがもともといた海とは違うけれど、近くの町の人から、ここは水質がとてもいいから、きっとカラナクシたちも喜んでくれるだろうと聞いていた。生まれ育った場所を出て、色々な地方を旅してきた中でも、この海は地元の海にとても近い景色をしている。最初からついてきてくれたカラナクシたちも、きっとそう思っているだろう。
小さいころから旅をしてみたかったけど、バトルはちょっと苦手で、なかなか進化をさせてあげられないまま、かなりの月日が経っていた。一緒に旅に出た幼馴染は皆、進化してすっかり大きくなったポケモンたちを連れている。でも自分が連れているのは、小さいころ地元の海で出会った大人しいピンクのカラナクシと、少し大きくなった時、両親に連れて行ってもらった旅行先で、気づけば後ろをついてきていた青いカラナクシの二匹だけ。「ほんとは、もっとカッコいいトレーナーになれたらいいんだけどな」
砂浜に張ったテントの床は、なんだかボコボコして寝づらかった。いっつも上手くいかないなあ。もうちょっと器用だったら……なんて、ゴロゴロ寝転がりながらため息を付いていると、潮水で濡れたままのカラナクシたちがテントに戻って来た。
「あ、おかえりぃ。楽しかった?」
カラナクシたちの身体はすっかりしっとりしていた。乾いてしまうと元気がなくなってしまうから、本当は水辺にずっといたいだろう。いっつも無理をさせてごめんね、と思いながら、トレーナーはやさしく二人の頭を撫でた。
そうだ、テントの近くに海水を張って、今日はそこで寝られるようにしたら、カラナクシたちも気持ちいいかも。トレーナーは足元の砂を掘って、そこに大きな葉っぱと石を敷き詰めた。隙間がないのを確認したら、簡易プールの完成だ。あとは海水をここまで運ぶだけ。リュックに詰めた鍋はちょっと小さいけど、何回か往復すれば……。トレーナーは波打ち際に向かって走り出した。どうしたのかな?と、テントからカラナクシものそりのそりと追いかけてくる。
「待ってね、テントでも水に入れるようにしてあげるからっ」
海に思い切り鍋を沈み込ませて水を汲むと、小さくてもずっしりと重たい。よろよろしながら、足にまとわりつく砂をぎゅっと踏みしめてそろりそろりと歩き出す。プールに海水を入れて、水が砂にしみていかないのを確認したら、もう一度波打ち際へ。それを何度も繰り返す。
心配そうにカラナクシが自分を見上げているのが分かるけど、踏んでしまいそうでハラハラする。自分の口から、もうちょっと離れて~と頼りない声が出て、なんとも情けない気持ちになる。
運ぶ間にもたくさん水をこぼしながらも、なんとかプールが水で満たされた。カラナクシたちも興味津々で鍋に集まって来る。トレーナーはカラナクシをよいしょと持ち上げて、プールの中に入れてあげた。
カラナクシの入ったプールに、自分も手をぴちゃぴちゃさせると、2匹も真似して水面を叩く。ぴちゃぴちゃ、ぴちゃぴちゃと、楽しそうな様子を見ていると、疲れも少しずつほどけていく様だ。
すると大きな風が吹き、身体に着いた海水が一気に冷えるのが分かった。ぶえっくしょいと大きなくしゃみと鼻水が飛び出すと、カラナクシたちは目を真ん丸にしてトレーナーを見上げる。その顔があまりに可愛らしくて、トレーナーは思わず声を出して笑った。
カッコいいトレーナーじゃなくたって、険しい旅じゃなくたって、今でも充分、自分は幸せな旅人だ。