朝から続いた調査も、なんとか完了させ、他の隊員と共に帰路についていた時の話である。調査のついでに手に入れた多くの資材が重く体にのしかかり、隊員たちの体力も限界を迎え始めていた。日が沈み、足元もはっきりと確かめられず、互いが下を向いて歩いていたからであろうか。新人調査隊員が顔を上げると、そこはうっそうとした森の中であった。
慌てて周囲を見回すが、他の隊員たちが見当たらない。名前を呼んでみるが、その声は森のざわめきにかき消されて消えた。以前から森に近寄るなと村で忠告されてきたため、こんな暗い森の景色を見る事さえ初めてである。ここからは月も見えず、自分がどこにいるのかも掴めない。
見知らぬ場所かつ、どんなポケモンが現れるかも分からない今、注意するにこしたことはない。身を低くし、森に生い茂る背の高い草に隠れながら、歩みを進めた。立ち止まるな。歩いて行けばいつか森にも終わりが来るはずだ。疲れと、かがんだことによる体への負担で、息が切れる。大丈夫、大丈夫だ。もう少し進めば森から出られるはずだ。
心の中で必死に自分にそう言い聞かせていると、視界の隅に、ゆらゆらとたゆたう、白と珊瑚色が入り混じったようなものが見えた。うす暗い森にも関わらず、うっすらと星灯りを集めるあんな明るい色を、調査隊員は身に着けない。あれは――ポケモンだ。
辺りに仲間はいないようだが、暗闇に怯えることなくひたひたと音を殺して歩き、辺りをきょろきょろと見回している。何かを探しているのか、迷っているのかは分からない。だが、このままではこちらが見つかってしまうのも時間の問題だろう。
か弱そうに見えるが、対処法の分からないポケモンから攻撃を受けるのは危険だ。身体からあふれる汗がしんと冷える森の空気に蒸発して、氷の様に身体をこわばらせていくのが分かった。
あまりの寒さに、体を抑え込むようにして縮こまる。木々をざわざわと揺らす風が冷たい。瞼をぎゅっと閉じて、震える体を必死におさえた。息を整え、勇気を出して目をゆっくりと開けてみる。
見えたのは、自分の顔だった。怯えた顔、生気の消えた顔色……そして、縮こまった体躯。そこへ自分が鏡を置いたかと錯覚するほど生き写しの『何か』が、目の前に、自分と同じ態勢でこちらを見ていた。
「う……うわあああ!」
驚き、身体が飛び上がった。その反応を見てか、『何か』も少しだけ身を引いたように見えた。もしや、叫び声に驚いたのだろうか。いぶかしんで相手を伺おうとした矢先、辺りの木の葉を巻き込むようなひときわ強い風が巻き起こった。
ようやく風が収まったと思い、腕を降ろすと、足元には先ほど見かけた小さなポケモンがこちらを見上げていた。まさか、先ほどの『何か』は、このポケモンが変化したものだったのだろうか。ただ分かるのは、ポケモンの琥珀色の瞳が、どことなく寂しげだということだ。
どれほど見つめあっていたのだろうか。遠くから、木の葉を踏みしめる足音が聞こえてきたのが分かった。
「おーい!そこにいるのか!?」
聞き覚えのある仲間の声だ。思わずそちらを振り返ると、森の向こうに松明の灯りが見える。もう行かなくては……。けれど、このポケモンはどうしよう――。
そう思って再び足元に視線を落とすと、先ほどまでこちらを見つめていたはずの白い身体は忽然といなくなっていた。
松明の灯りが自分の顔を照らし、冷え切った身体に毛布がかけられた。はぐれた自分を見つけ、仲間たちはよかったよかったと笑いかけてくれる。
村に帰る道を行きながら来た森を振り返ると、そこにはただ真っ暗なだけの闇が延々と続いていた。あのポケモンは、いったい何をしようとしていたのか。なぜ、寂しげな目をしていたのか。いつか再び、あのポケモンに出会う者がいた時のため、この記録をここに残す。