ある朝、トレーナーは生垣に身を隠し、ポケモンが現れるのを待っていた。強くなりたい一心で頑張ってきたけれど、近頃は全然勝てていない。いわゆる、スランプまっただなか。なんとか状況を打開せねばと、焦りばかりが募る。どうか強いポケモンをつかまえられますように。祈るような思いを込め、おこうを使った、その時。ズン、背中にとんでもない重みを感じ、トレーナーは飛びはねた。その勢いで低木に頭をぶつけ、「いてぇ!」と小さく叫ぶ。すると、背中にかかっていた重みがビクッと離れた。あわてて振り返ると、浅緑のからだに赤いおなか、そして揺らめく瞳……。野生のヨーギラスが目の前にいた。ヨーギラスは滅多に現れないポケモンだ。それに育てればとても強くなる。絶好のチャンス、必ず捕まえなければ。ありったけの自信と気合を込め、ボールを投げる。しかし、一旦ボールに入ってもすぐに出てきてしまう。こちらをにらみつけてくる様子からして、かなり警戒心が強く、神経質なようだ。だったらどうして。ボールを投げては失敗しながら、疑問が浮かぶ。どうして側に寄ってきた?
ふと、さっきの状況を思い出す。ヨーギラスの重みは背中のバッグにかかっていた。バッグはおこうを取り出して、開けたまま。ということは、寄ってきたというよりも、バッグの中身を狙いに来たのか?このヨーギラスは、つまり…。
「お腹、空いてるんだな?」
ヨーギラスは成長のため、とてつもないほどの食糧を必要とするらしい。土の中にいるときは土を食べるが、きっとこのヨーギラスは早めに地上に出てきてしまったのだろう。こんなに警戒心が強いのに人間の側に来たのだから、よほど空腹なのではなかろうか。トレーナーはバッグにひとつだけ入っていた、きんのズリのみを取り出した。それは、レイドバトルで勝ちをおさめ、初めて手に入れたきんのズリのみだった。
ピカピカ輝く勝利の勲章は、トレーナーにとってたいせつなものだ。使うのが惜しくてずっとバッグの中にしまったままだった。別になくなっても勝利自体が消えるわけじゃないのに。トレーナーは躊躇する。お守りを捨ててしまうようで怖かった。でも、使いどきは今だ。ヨーギラスにきんのズリのみを差し出した。
「君が食べてよ。口に合うのかは分からないけど」
我ながら自信のない声だと思った。打算も強がりも捨てた自分をさらけだす。ヨーギラスは、そんなトレーナーの姿をやはり睨むように見た。数秒が永遠のように感じた。それからトレーナーの前に、一歩、二歩と近寄ってきた。目と目がかち合う。大丈夫だと頷くと、ヨーギラスはようやくきのみを手に取り、小さな口でかぶりついた。
――ヨーギラスはそっと顔を上げた。そして、その目が細くなる。一瞬頭がフリーズして、理解した。ヨーギラスは微笑んだのだ。大輪の花じゃなくて、小さな花のような控えめな笑顔。胸がじんと震える。朝の冷えた空気の中、からだの一番奥があたたかくなった気がした。食べ終わる前にと、気づけばトレーナーはカメラを起動させ、シャッターを切っていた。トレーナーも吹っ切れたように笑い出す。
「ははは、そうか。これで良いじゃないか」
きんのズリのみは、一枚の写真の中に残っていた。消えることのない、本当にたいせつなものはこの写真の中にある。過去の勝利にしがみついていた自分をようやく捨てられた気がした。心が軽くなったら、お腹が鳴った。あ、そういえば、朝ごはんも食べていなかった。一緒に食べない?と誘ってみると、ヨーギラスはトコトコと寄ってきて、足元にしがみついた。「重い!重い重い重い!!」忘れてた、こっちは軽くなかった。トレーナーの悲鳴は、朝の草むらにこだましていった。