しっぽを揺らし、レンガを鳴らし、今日もあの子がやってくる。誰にもなびかない、どこにも属さない、街で噂のロコンちゃんが。
街角はいつだって話題が絶えない。あのトレーナーが負けたとか、誰が誰に指輪を買っていったとか。それは少しの間だけ場をあたためて、すぐに捨てられてしまう。まるで使い捨てカイロみたいに。それも必要だし大切なものだけど、ロコンちゃんにはよく分からないし、そもそも興味がなかった。だから、噂好きのポストマンが「ロコンちゃん、お出かけかい?」と声をかけてきても過度に応えたりはしない。会釈するように、余裕たっぷりに首をかしげてみせる。歩き去るときには綺麗な巻きしっぽを、ごきげんよう、と揺らすのも忘れない。その振る舞いに、他のポケモンとは違う雰囲気に、まわりの人もポケモンたちもみんなロコンちゃんのことを噂したくなった。そんなまわりの様子をロコンちゃんも何となく気づいていたけれど、そんなことはどうだってよかった。なぜなら……。
一台のクラシック・カーが街角を曲がる。綺麗な巻き髪のひとが後部座席に乗っていた。習い事に行く途中だ。その車が角でほんの数秒減速するところを、よく眺められる場所がある。表通りのカフェのひさし、そこがロコンちゃんの特等席だ。誰にも教えていないけれど、ロコンちゃんは毎週この時間、ここで律儀に車をお見送りしている。
そのひとに出会ったのは去年の薔薇の季節だった。青いワンピースに白い帽子のそのひとは、その日たまたまロコンちゃんの前を通りがかった。ロコンちゃんは街に迷い込んだばかりで、都会の喧騒に参ってしまいそうだった。ロコンちゃんは何気なく視線を上げる。すると、そのひとは綺麗な巻き髪を風になびかせ、会釈した。そのひとの瞳は青かった。まるで高温の青い炎のように、穏やかだが強く揺るがない、そんな瞳でロコンちゃんを見つめた。そのひとは、持っていた薔薇を一本、ロコンちゃんの頭のふわふわした部分にかんざしのように挿すと、ごきげんよう、と言って去っていった。たったそれだけ。それだけでロコンちゃんには十分だった。このひとのようにありたい、と思える存在を見つけられたのだ。薔薇はすぐに枯れてしまったけれど、ロコンちゃんの心には炎がともったままだった。
だからロコンちゃんは、噂にも強い風にもちっとも揺らがない。しっぽを揺らし、レンガを鳴らし、ロコンちゃんは街をゆく。今年の薔薇は、去年よりもきっと似合うはず。