一匹のイワンコが群れからすがたを消した。
切り立った岩場が目立つ遺跡地区。この辺りの小さなイワンコたちは、いつも群れて遊んでいる。真昼には一緒にいたのに、そのうちの一匹が黄昏時になって姿を消したのだ。何かおかしい、危険な目にでもあったのではないか?残りのイワンコたちは緊急集合し(といっても毎日集まっているのだが)、いなくなった一匹を見つけるべく、捜索に出かけた。遺跡の調査隊を真似っこし、あちこちかぎまわり走る姿は、さながらイワンコ探検隊だ。意気込んで出発した探検隊だったが、いつの間にかオレンジの夕焼けは沈み、空は群青に染まり出す。何の成果も出ぬまま夜になってしまった。
イワンコたちは真昼の遺跡が大好きだった。観光客や研究者でにぎわい、太陽を浴びた岩肌がじりじりと灼ける真昼のすがたが。だけど夜は少し怖かった。遺跡はしんと静まり返り、昼間とはまるで違う土地のようだ。イワンコ探検隊は怖気付いてしまった。と、その時、静かな遺跡に物音が響いた。皆、反射的にビクッとからだをこわばらせる。しかし、よく聞いてみると…‥。
「いわわん わん! わんいわん!」
これは物音なんかじゃない。消えた一匹の声だ。どうやら崖の上から聞こえている。仲間を救うためならばと勇気を振り絞り、イワンコ探検隊は走り出した。ぐっと足に力を込め、登ったこともない大きな岩を一気に駆けあがる。息を切らして頂上に辿り着くと、そこにいたのはいなくなっていた一匹のイワンコと、雲の切れ目から姿を見せたまんまるい月だった。
そのイワンコは「とおぼえ」の練習をしていた。周りのイワンコたちが習得していく中、苦手で吠えられないからと、こっそり特訓しに来ていたのだ。さっきの声を聞く限り特訓の成果はあったようだが、そもそも「とおぼえ」が苦手な仲間がいるなんて気づかなかったと、他のイワンコたちは驚いた。そのイワンコいわく、満月の光に背中を押されて、ほえることが出来たらしい。それならばとイワンコたちはみんなで月を見つめてみた。興味深そうに眺めるものもあれば、眠そうなものもいる。「とおぼえ」が得意なものも、そうでないものもいる。いつも一緒でみんな同じだと思っていたけれど、少しずつ違うんだ。イワンコ探検隊は仲間と、そして大事なことを発見することができた。やっぱり未だに真夜中は怖くてぎゅっと群れている小さなイワンコたちだが、大きくなってもこの真夜中の探検をきっといつまでも忘れないだろう。