ある屋敷に、こんな話が書き残されているという。
あの子の叫び声が聞きたい、いたずら好きのゲンガーはそんなことを考えていた。あの子は洋館で暮らす家族の、一人っ子だ。辺りで一番大きな歴史ある屋敷で、何不自由なく暮らしている。屋敷はたくさん部屋があり、昼間でも誰もいない薄暗い場所がたくさんあった。シャドーポケモンのゲンガーが潜むのにはぴったりだ。そのゲンガーがしばしば屋敷を訪れていたのは、そんな単純な理由だった。
ゲンガーがはじめてあの子を見かけたのは、ある夕方のことだ。薄暗い廊下を歩くその子は、子どもなのにやけに落ち着きはらっていた。見るからに賢そうで、近所の墓地で球蹴りをしている子どもたちとは雰囲気が違う。ゲンガーは思わず口角を上げた。驚かせてやろう。そのすました顔、台無しにしたら楽しそうだ。そのゲンガーは無類のいたずら好きなのだ。
ゲンガーはあの子の観察をはじめた。いつ現れるべきか、最高のタイミングを見計らおうと思ったのだ。部屋の中の暗がりや物陰からニヤニヤ見守り、朝も昼も夜もせっせと観察を続けた。そして、気づいてしまった。あの子は大人しいどころか、笑うこともないと。
うらみ、つらみ、のろい。そのゲンガーはそういった感情に敏感だった。お屋敷に出入りしているうちに、人間への興味が膨らんでいったのだろう。ゆえに、大きな洋館のその大きさの分だけ、あの子が何かを背負っていることも、なんとなく感じとってしまった。大きすぎる期待はのろいにもなる。長すぎる歴史は重石にもなる。ゲンガーにはもちろん家の事情なんて分からない。なのに、あの子の表情ですべて分かった気もしてしまった。
だから、ゲンガーはあの子の叫び声が聞きたい。そのすました顔を台無しにしてみたい。今夜は満月、タイミングは最高だ。いたずらしたら楽しいだろう、あの子もきっと――。
話はここで終わっている。誰が書いた話なのか、あの子が誰のことなのか、屋敷の当主に尋ねても分からないそうだ。